白城の城主狼のルーファス[#「ルーファス」に傍点]と夜鴉の城主とは二十年来の好《よし》みで家の子|郎党《ろうどう》の末に至るまで互《たがい》に往き来せぬは稀《まれ》な位打ち解けた間柄であった。確執の起ったのは去年《こぞ》の春の初からである。源因は私ならぬ政治上の紛議の果とも云い、あるは鷹狩の帰りに獲物争いの口論からと唱え、又は夜鴉の城主の愛女クララの身の上に係る衝突に本づくとも言触らす。過ぐる日の饗筵《きょうえん》に、卓上の酒尽きて、居並ぶ人の舌の根のしどろに緩《ゆる》む時、首席を占むる隣り合せの二人が、何事か声高《こわだか》に罵《ののし》る声を聞かぬ者はなかった。「月に吠ゆる狼《おおかみ》の……ほざくは」と手にしたる盃を地に抛《なげう》って、夜鴉の城主は立ち上る。盃の底に残れる赤き酒の、斑《まだ》らに床を染めて飽きたらず、摧《くだ》けたる※[#「角+光」、第3水準1-91-91]片《こうへん》と共にルーファスの胸のあたりまで跳ね上る。「夜《よ》迷《ま》い烏の黒き翼を、切って落せば、地獄の闇《やみ》ぞ」とルーファスは革に釣る重き剣に手を懸けてするすると四五寸ばかり抜く。一座の視線は悉く二人の上に集まる。高き窓洩る夕日を脊に負う、二人の黒き姿の、この世の様とも思われぬ中に、抜きかけた剣のみが寒き光を放つ。この時ルーファスの次に座を占めたるウィリアムが「渾名《あだな》こそ狼なれ、君が剣に刻《きざ》める文字に耻《は》じずや」と右手《めて》を延ばしてルーファスの腰のあたりを指《ゆびさ》す。幅広き刃《やいば》の鍔《つば》の真下に pro gloria et patria と云う銘が刻んである。水を打った様な静かな中に、只ルーファスが抜きかけた剣を元の鞘《さや》に収むる声のみが高く響いた。これより両家の間は長く中絶えて、ウィリアムの乗り馴《な》れた栗毛《くりげ》の馬は少しく肥えた様に見えた。